乾式補強とは、既存の建物に追加の湿式施工(コンクリート打設やモルタル塗りなど)を最小限に抑え、主に機械的な部材取付によって構造補強を行う手法を指します。とくに老朽化や耐震性向上が求められる建物では、短工期・軽量化・解体時のリサイクル性などの観点から乾式補強が注目されています。
湿式補強の場合は補強材をコンクリートやモルタルで一体化させるのが一般的ですが、乾式補強ではボルトやアンカー、金物を用いて既存部材に補強材を固定し、容易に取り替えや増強が可能なのが特徴です。
既存コンクリートや鉄骨との取り合いを最小限にしつつも、必要な強度を確保できます。さらに、作業中に水やモルタルを使わないため、環境への影響や養生期間を短縮できるメリットがあります。
乾式補強のメリット
- 工期短縮
湿式補強では、コンクリートやモルタルの養生期間が必要で、環境条件にも左右されます。乾式補強は部材を現場で組み立てるだけなので、施工がスピーディです。 - 環境負荷の低減
水やセメントを大量に使用しないため、廃液処理や粉塵発生を抑えやすいです。解体時にも補強材を取り外し・再利用できる場合が多く、リサイクル性に優れています。 - 軽量化
スチールやアルミ合金、FRPなど軽量な材料を採用すれば、建物にかかる重量負担を最小限にとどめられます。耐震改修の場合、増設した重量が地震力を増大させる懸念を減らすことができます。 - 維持管理の容易さ
取り付け後の点検や交換が比較的容易です。たとえば、ボルト接合部を増し締めするなどの定期メンテナンスで補強効果を維持できます。 - デザイン・仕上げへの影響が少ない
部材を表面に直接貼り付ける湿式補強と異なり、乾式補強は内部骨組みや金属フレームなどを追加するイメージです。仕上げ材を大きく損なわないように施工できるケースも多く、内装デザインを損ねにくいです。
乾式補強で使用される主な工法
- 鋼板ブレース工法
建物の壁や柱・梁にスチール製のブレースを追加する方法です。ボルトやアンカーによって既存の構造体に固定し、水平力に抵抗させます。耐震補強でよく用いられる代表的な工法です。 - FRP板・FRPロッド補強
カーボンファイバーやガラスファイバーなどのFRP(繊維強化プラスチック)を用いて構造部を巻き付ける手法がありますが、一部ではエポキシ樹脂を使用するため半乾式とも言えます。しかし、機械的固定を併用する場合はほぼ乾式に近い施工が可能です。 - スチールプレート・エンジニアリングウッド追加
柱や梁にスチールプレートや木質材料(エンジニアリングウッド)をボルトで固定し、断面を増強します。既存のコンクリート部材に穿孔してアンカーやボルトを通して連結します。 - テンドン工法(ポストテンション)
建物内部にケーブルを通し、引っ張ることで補強効果を得る方法です。グラウトを使わないタイプ(グラウトレス)ならば乾式に近い作業が可能です。
乾式補強の注意点とデメリット
- 接合部の剛性確保
乾式補強ではボルトやアンカーによる機械的固定が主体となるため、接合部の剛性や強度の設定が極めて重要です。設計時には、降伏や座屈、せん断破壊などを考慮しなければなりません。 - 下地調整の必要性
既存部材のコンクリート強度や鉄骨の錆び具合など、下地に問題があるとアンカーやボルトが期待する耐力を発揮できません。場合によっては補修工事や前処理が不可欠です。 - コスト面
部材自体は軽量で扱いやすい半面、高強度のボルトや特注の金物が必要になるとコストが上がる可能性があります。大量生産が難しい場合は、材料費・加工費がかさむこともあります。 - 施工精度
乾式のメリットを活かすには、現場の施工精度が要求されます。アンカーの位置やボルト穴の加工精度が悪いと、補強効果にばらつきが出るリスクがあります。
乾式補強と湿式補強の比較表
分類 | 乾式補強 | 湿式補強 |
---|---|---|
工期 | 水分の養生が不要で短縮しやすい | コンクリートやモルタルの養生期間が必要 |
重量 | 軽量な鋼材やFRP材を使い、建物への負担が少ない | 補強材やコンクリートが厚くなるほど建物の自重増 |
施工性 | 増し締めなどで調整が簡単、ただし高精度が要求される | コンクリート打設や型枠組みが必要、雨天や気温など外的要因に左右されやすい |
耐久性 | ボルトや金物の防錆処理が必須、接合部の検査が重要 | 一体化するコンクリートやモルタルに亀裂が入ると劣化しやすい |
デザイン性 | 内装・外装に干渉しにくい場合が多い | 工法によっては仕上げ面に影響がある |
Q&A
Q1: 乾式補強はすべての建物に適用可能ですか?
A1: 原則的には多くの構造物で活用できますが、下地の状態や構造種別、建物用途などによって適用範囲は変わります。補強設計者や専門業者と相談し、個別に検討するのが確実です。
Q2: 乾式補強に使われるアンカーやボルトは通常の建築金物と同じですか?
A2: 一般的なボルトやアンカーも使用できますが、補強時には高強度タイプや特殊なねじ山をもつ金物を選ぶことが多いです。設計の荷重条件に合った製品を選定します。
Q3: 乾式補強の施工中に雨が降っても問題ないでしょうか?
A3: 湿式補強ほど敏感ではありませんが、鋼材や金物が濡れると錆びの原因になる場合があります。できるだけ雨除け対策を施し、表面は乾いた状態で施工するのが望ましいです。
Q4: 乾式補強とFRP補強は同じですか?
A4: 厳密には異なります。FRPをエポキシ樹脂で貼り付ける方法は半湿式に近く、乾式とは言いにくいです。ただし、一部で機械的固定を伴うFRP補強も存在し、こちらは乾式に近い工法となります。
Q5: 乾式補強後は長期間メンテナンス不要でしょうか?
A5: 無メンテナンスとはいきません。ボルト増し締めや防錆塗装の定期点検などが必要です。計画的な維持管理を行うことで補強効果を長期に維持できます。
まとめ
乾式補強は、湿式のコンクリート打設やモルタル塗りを必要とせず、主にボルトやアンカーなどによる機械的接合で既存建物を補強する工法です。
短工期で環境負荷が少なく、軽量な材料を利用できるなど多くのメリットがありますが、接合部の剛性や防錆処理、施工精度などに注意が必要です。
補強計画を立てる段階では、下地の状態や構造種別を考慮し、適切な補強材や固定方法を選定することが大切です。
耐震補強やリフォームの需要が高まるなか、乾式補強は将来性のある工法といえます。