外郭構造とは、建物の耐震要素や荷重支持要素を外周部に集約する構造形式のことです。
一般的な建築では内部にも多くの柱や耐震壁を設けるため、室内スペースのレイアウトが制限されることがあります。しかし外郭構造では、それらを外周部にまとめることで、内部空間を柱や壁の少ないオープンな状態に保ちやすくなります。
今回は外郭構造の基本原理からメリット、実際の事例までを体系的に解説いたします。
外郭構造の基本的な考え方
外郭構造は、文字通り“外郭”部分に強固な構造フレームを設けることで成立します。
具体的には、建物の外周を「かご」のように囲む架構(フレーム)を作り、そのフレームが建物にかかる鉛直荷重(重力など)と水平力(地震や風による力)を集中的に受け止めます。
内部の柱や耐震壁を極力減らせるため、広い空間や可変性の高いレイアウトを実現するうえで理想的な構造方式です。
このように、外郭の各フレーム要素が合計してどれだけの荷重や応力を支えられるかを算出し、その結果を踏まえた設計が行われます。
外郭構造のメリット
1. 内部空間の自由度向上
外郭構造では、建物の外周だけでほとんどの水平力・鉛直力を負担します。
そのため、内部には柱や耐震壁などの構造要素が少なくて済みます。オフィスビルや商業施設、大学の研究棟など、将来的にレイアウト変更が頻繁に行われる建物にとっては大きなメリットです。
2. 耐震性能の向上
外周部に強固なフレームがあるため、地震が発生した際にフレームが一体となって水平力を受け止めます。
内部の自由度を確保しつつも、外郭が剛性と強度を確保するため、耐震性を高いレベルで維持しやすい点が特長です。外郭構造は力の流れがわかりやすく、構造設計の予測がつきやすいという利点もあります。
3. 意匠的な美しさ
外郭フレームは建物の外観デザインに直接影響を与えます。
ファサードとしても機能し、構造体そのものが意匠的アクセントになるため、個性的で印象的な外観を演出しやすいです。「かご」のようなフレームで透明感を出すことが可能です。
外郭構造の設計上のポイント
1. フレーム剛性と接合部の工夫
外郭部分のフレームには大きな応力がかかります。
部材同士の接合部をどのように設計するかが耐震性や施工性の重要なカギとなります。
溶接だけでなく、高力ボルト接合などを採用する場合もありますが、施工現場での作業効率やクオリティ管理が難しくなるケースも考慮しなければなりません。
2. 座屈拘束ブレース(BRB)の活用
最近の大型建築では、外郭フレームと組み合わせて座屈拘束ブレース(BRB)を設置し、エネルギー吸収能力を高める工夫が行われています。大地震時にはブレースが塑性変形して地震エネルギーを吸収し、主構造の損傷を最小限に抑えられるようにします。
とくに高層建築や研究施設など、機能維持が重要視される建物でよく導入されています。
3. 建物用途とのマッチング
外郭構造は内部の空間を大きく使える反面、外周部に多くの部材が集約されるため、窓の配置や外壁のデザインに制約が生じることがあります。
建物の機能や立地条件に合った最適な外郭フレームの設計が必要です。
また、外郭部分が厚みをもったフレームとなるので、建設費が増加する可能性もあります。そのため、コストとメリットのバランスを評価しながら採用を検討することが大切です。
具体的事例
東京工業大学附属図書館 学習棟
この建物では、外郭構造を「かご」のようにデザインし、軽快な外観を実現しています。
さらに接合部の溶接を簡略化し、縦向きの現場溶接のみで対応できるように工夫されています。内部は図書館として利用されるため、開放感のある学習空間が求められますが、柱や耐震壁に邪魔されることなく広々としたレイアウトを実現しています。
東京工業大学 環境エネルギーイノベーション棟(EEI棟)
こちらの施設では、外郭構造にエネルギー吸収部材として座屈拘束ブレースを組み合わせる「エネルギー吸収型外郭構造」を採用しています。
大地震が発生した際、ブレースが地震エネルギーを効果的に吸収し、主構造フレームの損傷を最小限に抑える設計が特長です。高い耐震性能と内部の柔軟性を両立させる最新の設計手法として注目されています。
外郭構造と従来構造の比較表
視覚的にわかりやすくするために、以下のような比較表を用意しました。
項目 | 従来の構造 | 外郭構造 |
---|---|---|
柱・耐震壁の配置 | 内部にも多数配置 | 耐震要素は外周に集中 |
内部空間の自由度 | 柱・壁が多いため可変性がやや低い | 広いスパンを確保できレイアウト変更が容易 |
耐震性能 | 設計により確保可能 | 外周フレームで一体的に受け止めやすい |
施工の難易度 | 比較的標準化されている | 接合部の溶接・組立に工夫が必要 |
建設コスト | 一般的な水準 | 部材剛性や施工上の工夫によりコスト増の可能性 |
デザイン面 | 外観上、柱や壁が外部からは見えにくい | 構造体そのものを意匠として活かすことが可能 |
このように比較すると、外郭構造がいかに内部空間の自由度やデザイン面での表現力を高める一方、施工面やコスト面での課題も存在することがわかります。
施工時の注意点
1. 現場溶接と組立手順
外郭構造では大きな部材や複雑な接合部が頻出します。溶接部分にずれが生じると、全体の剛性や耐力に大きな影響を与えるため、慎重な施工管理が必要です。
とくに現場での縦方向溶接は、位置や角度がずれないように入念な下準備と検査が求められます。
2. 高所作業や仮設計画
外郭フレームは建物の外周を取り巻くため、高所作業が多くなります。仮設足場やクレーンの配置計画が不十分だと、工期の遅延や安全性の低下につながる可能性があります。
大規模な外郭構造を採用する際には、施工計画の初期段階から綿密な検討が必須です。
3. 部材製作精度と運搬計画
外郭構造に用いられるフレーム部材は大断面になることが多く、工場での製作精度が求められます。
また、製作した大きな部材を現場に運び込む際には、道路事情や搬入ルートにも注意しなければなりません。部材が大きすぎるとトレーラーでの搬送やクレーン設置が困難になるケースもあります。
Q&A
Q1: 外郭構造は高層ビルにも適用できるのでしょうか?
A1: はい、可能です。ただし高層化すると外郭フレームにかかる荷重は増大し、設計が複雑化します。座屈拘束ブレースのような制振・耐震部材の活用や、外郭部材の剛性・強度を大きく確保するなど、より高度な設計が必要となります。
Q2: 外郭構造とラーメン構造の違いは何ですか?
A2: ラーメン構造は一般的に柱と梁を剛接合して耐震性能を高める方式ですが、外郭構造は耐震要素を建物の外周部に集中させる点が大きく異なります。
内部に柱や耐震壁をほとんど設けなくても済むというメリットがあり、空間の可変性が大きい点が特徴です。
Q3: 外郭構造を採用すると建設費はどのくらい増えますか?
A3: 設計内容や規模によって異なりますが、フレーム部材の大断面化や高度な施工技術、仮設費用が加算されるため、従来構造に比べてやや高くなる傾向があります。
ただし、内部空間の使い勝手が大幅に向上することや、将来的な改修コストの削減を考慮すると、長期的にはメリットが大きい場合もあります。
Q4: 外郭構造は住宅にも向いていますか?
A4: 一般的には大規模な施設やオフィスビル、公共施設などに多用されますが、デザインやレイアウト上のメリットを重視するケースでは住宅にも応用されることがあります。
しかし、施工コストや外郭フレームのスケール感が大きいため、戸建住宅に導入するハードルはやや高めです。
Q5: 地震後のメンテナンスはどうなりますか?
A5: 大地震時には外郭フレームやブレース部材に損傷が発生することもあります。点検で亀裂や塑性変形が確認された場合は、溶接補修や部材交換などのメンテナンスが必要です。
設計段階で交換可能な部材を計画しておけば、修繕コストを抑えられます。
まとめ
外郭構造は外周に強固なフレームを配することで、耐震性能と内部空間の自由度を両立できる優れた構造方式です。大規模な公共施設や商業ビル、研究棟など、用途変更が想定される建物においてはとくに有効となります。
デザイン面でも構造体を意匠的に活かせるため、現代建築においては注目度が高まっています。一方で施工の難易度やコスト面での課題があるため、計画段階から綿密な検討が欠かせません。
最適な外郭構造を採用すれば、未来の建物に柔軟性と安全性をもたらす大きな可能性を秘めているといえます。