モール・クーロンの破壊基準とは何か
モール・クーロン(Mohr-Coulomb)の破壊基準は、地盤や岩盤などの土質材料がどのような応力状態でせん断破壊に至るかを示す理論的な基準です。
土や岩石は引張応力に対して弱く、主応力状態が臨界状態に達するとスリップ面が形成され、材料が破断・崩壊します。モール・クーロン破壊基準は、この臨界応力条件を比較的単純な直線関係で表し、地盤解析や擁壁・橋台設計、斜面安定解析、トンネル設計など幅広い土木・建築分野で多用されています。
基本的な考え方は、材料には固有の「せん断強度」があり、それは粘着力(c)と内部摩擦角(φ)によって決まるというものです。この2つのパラメータによって、応力状態(主応力)が破壊面上でのせん断抵抗を超えると破壊に至る、とする理論的枠組みがモール・クーロン破壊基準です。
モール・クーロン破壊条件の表式
モール・クーロン破壊基準は、以下のようなせん断応力τと法線応力σの関係式で表されます。\[ \tau = c + \sigma \tan{\phi} \]
\begin{array}{ll} \text{where:} & \ \tau & : \text{破壊面上のせん断応力} \ \sigma & : \text{破壊面に作用する法線応力} \ c & : \text{粘着力} \ \phi & : \text{内部摩擦角} \end{array}
この式は、法線応力σが大きいほど、摩擦抵抗(σtanφ)が高まり、同じせん断破壊に至るためにはより大きなせん断応力τが必要となることを示しています。また、cは水平方向の応力が小さくても、ある程度の初期せん断抵抗を与えるパラメータです。
応力状態とモールの応力円
モール応力円を用いて、任意の応力状態での最大せん断応力や破壊条件を可視化できます。
2次元応力状態で主応力σ1、σ3を軸にとり、応力円を描くと、モール・クーロン基準はこの応力円が破壊包絡線(cとφで定まる直線)に接触・交差する点が破断条件となります。
モール・クーロン破壊基準と他の破壊基準の比較
項目 | モール・クーロン(M-C) | ドルカーレ–プラガーなど他の基準 |
---|---|---|
パラメータ | c(粘着力)、φ(摩擦角) | 歪特性や非線形項が入る場合もある |
応用範囲 | 土、岩盤など多くの土質材料 | 複雑な材料、非線形挙動を考慮したモデル |
計算・評価難易度 | 比較的単純な直線式で簡易 | 一般に複雑、解析ツール必要な場合多い |
工学的信頼性 | 長年実績豊富、標準的基準 | 特殊条件や精密解析で併用可能 |
なぜモール・クーロンモデルがよく使われるのか
- 単純性:式が直線関係で、cとφの2パラメータで記述可能。比較的容易に材料試験(3軸圧縮試験など)でc、φを求められます。
- 経験的裏付け:長年の実務経験と実験結果の蓄積により、多くの土・岩をモール・クーロンモデルで近似できることが確認されています。
- 応用範囲広い:斜面安定解析、基礎設計、擁壁計算、トンネル支保設計など、多様な地盤・基礎工学課題に適用可能。
注意点・課題
- 単純モデル:実際の土は非線形性・異方性・時間依存性を持ち、モール・クーロン基準は直線近似であるため、複雑な挙動を完全に再現できない場合があります。
- 粘着力・摩擦角の推定精度:c、φは試験条件(排水・非排水、試験速度など)で変化することがあり、実務者は試験条件やサンプリング精度に気を遣わなければなりません。
- ひび割れ起点・接合部特性無視:モール・クーロンは材料を連続体として扱い、ミクロな亀裂やき裂進展を考慮しません。詳細な亀裂挙動分析には他手法併用が必要。
cとφの求め方
土質試験(3軸圧縮試験)では、異なる拘束圧下でせん断破壊を起こし、その破壊点(σ, τ)をモール応力円上にプロットします。
複数の3軸試験結果から、破壊点を包絡する直線をフィッティングし、その直線切片がc、傾きのtanφが内部摩擦角φとなります。
モール・クーロン基準を用いた解析例
某地盤に対し、3軸試験で内部摩擦角φ=30°、粘着力c=20kN/m²と求まったとします。 斜面安定計算で、斜面中の潜在破壊面上での法線応力σ=100kN/m²として、
破壊せん断応力τ = c + σ tan φ = 20 + 100×tan(30°)=20+100×0.577=20+57.7=77.7kN/m² この値と実際に作用するせん断応力を比較し、破壊の有無を判断します。
このような計算で地盤安定を評価でき、設計や安全対策が可能です。
先端技術とモール・クーロン基準
コンピュータ解析(FEM、MDEMなど)の進歩で、複雑地盤挙動を考慮する解析が普及しつつあります。より高度な弾塑性モデルや非線形モデルが用いられる場合でも、モール・クーロン基準は基本として利用され、初期近似や簡易評価で欠かせない存在です。
また、AI活用で地盤特性推定が容易になれば、cやφを効果的に推定・更新し、設計やメンテナンス計画への迅速反映が期待されます。
Q&A
Q: モール・クーロン基準はどんな土質にも当てはまりますか?
A: 一般的な粘土、砂、シルトなど多くの土で近似可能ですが、非線形性・異方性・特殊土(泥炭、膨張土など)の場合は精度に注意が必要です。
Q: 内部摩擦角φはどうやって決めるのですか?
A: 3軸試験や直剪断試験でせん断破壊点を求め、破壊包絡線の傾きをtanφとして算出します。
Q: この基準を使えば地盤安定は100%安全ですか?
A: モール・クーロンは理想的モデルで、不確実性や異方性を考慮していない場合もあります。安全率設定や他モデル併用で信頼性向上を図ります。
Q: コンクリート・岩盤にも使えますか?
A: 基本的考え方は有効です。岩盤にもc、φがあると仮定し、ひび割れ発生・せん断破壊を評価可能です。ただし岩盤は不均一で割れ目が多く精度に注意が必要です。
まとめ
モール・クーロンの破壊基準は、土や岩盤のせん断破壊条件を簡明に表す代表的なモデルで、粘着力cと内部摩擦角φによる直線包絡線で破壊応力状態を把握します。
多くの実務で基本的な評価指針として活用され、解析・設計・安全評価の土台を形成しています。