パス間温度とは何か
溶接現場では、複数回にわたって溶接ビード(溶接パス)を重ねる多層溶接が一般的です。この際、前のパスが固化・冷却する前に次のパスを施すことで、溶着金属や母材特性に影響を与えます。
「パス間温度(Interpass Temperature)」は、各溶接パスを施行する直前の母材や溶接部近傍の温度を指し、溶接品質や材料特性に大きく関わる重要な管理項目です。
適正なパス間温度を維持することで、溶接部の延性、靱性、ひずみ低減、ひび割れ防止などが期待できます。
一方、パス間温度が低すぎる・高すぎると、金属組織が望ましくない状態になり、品質低下や溶接欠陥発生のリスクが増大します。
パス間温度を管理する理由
- ひび割れ防止:硬化しやすい鋼種や厚板材では、溶接後の急冷で脆化やひび割れが発生することがあります。適度なパス間温度を維持し、冷却速度をコントロールすることで、組織改善・ひび割れ抑制が可能です。
- 組織制御:パス間温度を適正範囲に保つことで、溶接金属中の炭化物分布や粒成長を抑え、溶接部の機械的特性(強度・延性・靱性)を安定化できます。
- 残留応力・ひずみ低減:過度な温度差は溶接後の残留応力やひずみを増幅させます。パス間温度が適正なら、過度な応力集中を緩和し、溶接変形を抑制します。
パス間温度を決める要因
- 材質:高張力鋼や耐候性鋼、ステンレス鋼など材質によって最適なパス間温度は異なります。一般的には、硬化性の高い鋼ほどパス間温度を高め、ひび割れ防止を図ります。
- 板厚・部材断面:板厚が大きいほど、熱が逃げにくく温度上昇しやすいです。適正なパス間温度を維持するには、冷却方法や溶接順序が重要です。
- 溶接法・入熱量:大きな入熱量を伴うプロセス(サブマージアーク溶接など)は母材温度上昇が顕著です。逆にTIG溶接など入熱が小さい場合は温度上昇が小さく、パス間温度確保が容易なこともあります。
- 作業環境:外気温、風、湿度なども冷却速度に影響します。屋外溶接では特に留意が必要です。
パス間温度計測・管理方法
- 温度計測ツール:接触式温度計(接触型サーモカップル)、非接触式温度計(赤外線温度計)などを用いて、溶接パス前に母材表面温度を計測します。
- 定期的な測定:全てのパスごとに温度測定を行い、設定基準値(例:100~250℃程度)に収まるか確認します。
- 冷却・加熱手段:必要に応じてガスバーナーで予熱したり、逆に送風や自然冷却で温度を下げるなど、計測値に応じた対策を取ります。
パス間温度管理の比較表
管理状態 | 結果 | 対応策 |
---|---|---|
パス間温度低すぎ | 冷却が早すぎ、組織硬化、ひび割れ発生リスク増 | 予熱・保温で温度上昇を図る |
パス間温度適正範囲 | 安定した組織形成、延性・靱性確保 | 設定範囲内で作業、連続施工可能 |
パス間温度高すぎ | 粒子粗大化、強度・靱性低下、溶接変形拡大 | 冷却措置、溶接ペース調整、自然冷却待ち |
材質別のパス間温度目安例(概略)
材質 | 典型的パス間温度目安 | 補足 |
---|---|---|
一般構造鋼(SS400) | 100~200℃程度 | 過度な温度上昇不要 |
高張力鋼(SM490) | 150~250℃程度 | ひび割れ防止でやや高め設定 |
ステンレス鋼 | 100~150℃程度 | 過熱でクリープ変形に注意 |
耐候性鋼 | 150~250℃程度 | 材質硬化性に合わせ管理 |
実際の温度は各基準書を見てください。
パス間温度が品質に及ぼす具体的効果
- 溶接金属靱性向上:適正温度で溶接すれば、微細な結晶粒を維持し、低温割れリスクを低減します。
- リラクセーション効果:高めのパス間温度で施工すれば、溶接後冷却過程で応力が緩和され、歪みが減少します。
- 低温割れ防止:硬化性の高い鋼材を低い温度で連続溶接すると、溶接部で水素引起割れ(低温割れ)発生率が上がります。パス間温度を確保すれば拡散水素が逃げやすく、水素脆性を軽減できます。
実務での運用ポイント
溶接順序最適化:大断面継手や複数パス溶接では、冷却が間に合わない方向から溶接を進め、最後にパス間温度調整可能な手順を組むと効率的です。
作業計画:温度管理には時間経過が重要。パス間温度が安定するまで待機時間を設ける、あるいは複数箇所で並行作業を行い、温度が適正域に入ったら次パス溶接を行うなどスケジュール調整が有効です
技術的発展と今後の展望
温度計測技術は進歩しており、赤外線カメラで母材全体の温度分布をリアルタイム表示できるシステムも普及しつつあります。また、AIを用いて溶接条件と温度履歴を学習し、自動的に最適パス間温度を提案するシステムが期待されています。
パス間温度管理は溶接品質確保にとどまらず、生産性向上やコスト削減にもつながります。確実な品質保証には、温度監視とともに記録管理を行い、トレーサビリティを確保することも有用です。
Q&A
Q: パス間温度は必ず高くすれば良いのですか?
A: 高すぎると組織劣化や粒粗大化、変形増大が発生します。適正範囲内に保つことが重要です。
Q: パス間温度は規格で決まっていますか?
A: 多くの場合、溶接仕様書や設計者指定で範囲が示されます。規格による推奨値もあるので、それらを参照します。
Q: 冬場の屋外溶接でパス間温度確保が難しい場合は?
A: 保温カバーや予熱バーナー使用、風除け設置などで温度低下を防ぎます。溶接順序調整も有効です。
Q: 入熱量とパス間温度の関係は?
A: 入熱が大きいと母材温度上昇が大きく、パス間温度維持が容易な半面、過熱リスクも増します。入熱とパス間温度をバランス良く計画します。
まとめ
パス間温度は溶接品質と溶接後特性に直結する重要な要素です。
適正温度を維持することで、ひび割れ防止、組織改善、変形抑制など多くのメリットが得られます。
溶接要領書や規格、材質特性を踏まえ、計測・制御手段を用いてパス間温度を管理すれば、安定した品質と効率的な生産を実現可能です。将来は先進的センサやAIが加わり、より高度な最適化が進むと期待できます。