建築物に用いられる梁や柱などの構造部材は、外力に対して曲げやねじれ、せん断など様々な応力状態を示します。その中でも特に重要なのが、部材の曲げ剛性や変形特性を把握する際に用いられる「断面二次モーメント(Second Moment of Area)」です。
断面二次モーメントは、部材断面の形状と寸法によって決まる幾何学的特性であり、材料強度とは独立したパラメータとして、応力・変形計算に大きく関与します。
例えば、同じ材料を用いても、断面が薄くて広いものと、正方形に近い形状のものでは曲げに対する変形特性が大きく異なります。その違いを定量的に捉えるための指標が断面二次モーメントです。また、断面二次モーメントは「I」と表記され、梁や桁など水平部材に生じる曲げモーメントから応力やたわみを計算する際に不可欠な値となります。
断面二次モーメントの基本定義
断面二次モーメントIは、断面を微小要素に分割して、その面積要素が中立軸から離れた位置にあるほど値が大きくなる性質を持っています。中立軸をy軸とした場合、基本的な定義は次式で与えられます。 $$ I = \int_A y^2 dA $$
ここで、
- A:断面積
- y:中立軸からの距離
- dA:微小面積要素
この式から、断面積が中立軸から遠く分布しているほど、Iは大きくなり、部材は曲げに対して変形しにくくなります。
代表的な断面形状の断面二次モーメント導出
- 矩形断面(幅b、高さh)
中立軸を断面中央にとると、矩形断面のIは以下となります。 $$ I = \frac{b h^3}{12} $$幅bが一定で高さhを増やすと、Iはh³に比例して急増します。これにより、断面形状を変えることで大きな剛性アップが可能です。 - 円形断面(直径D)
円形断面の場合、中立軸は断面の中心を通ります。$$ I = \frac{\pi D^4}{64} $$ 円形断面は軸対称であり、全方向に対して同じIを示します。 - 中空円形断面(外径D_o、内径D_i)
パイプ状の中空円断面では、内側が抜けている分、材料を軽量化しつつ剛性を確保できます。 $$ I = \frac{\pi (D_o^4 – D_i^4)}{64} $$ - I型断面(H形鋼など)
フランジとウェブに分け、それぞれのIを計算して中立軸位置へ平行軸の定理を用いて合算します。一般的な公式は複雑ですが、設計図書には標準的な値が整備されています。
ねじり定数との比較
断面二次モーメントは曲げ剛性を示す指標ですが、ねじれ剛性を示す「ねじり定数(Torsional Constant)J」とは別物です。ねじり定数はねじれ変形に関する特性値で、断面二次モーメントが曲げを対象とするのに対し、ねじり定数はトルクを受けた際のねじれ変形を評価します。
以下は参考として、先に示した断面形状でのねじり定数の代表式です。(断面二次モーメントとの混同に注意)
- 円形断面(直径D)のねじり定数:$$ J = \frac{\pi D^4}{32} $$
- 中空円形断面(外径D_o、内径D_i)のねじり定数: $$ J = \frac{\pi (D_o^4 – D_i^4)}{32} $$
- 正方形断面(辺a)のねじり定数近似式:$$ J \approx 0.140 a^4 $$
これらはねじれ挙動の指標であり、断面二次モーメントの計算とは別の場面で用いられます。
断面二次モーメントと他特性の比較表
特性名 | 主な用途 | 代表的対象 | 計算の複雑さ |
---|---|---|---|
断面二次モーメント(I) | 曲げ剛性評価 | 梁・桁などの曲げを受ける部材 | 一般的な形状は簡易計算可 |
ねじり定数(J) | ねじれ剛性評価 | 軸対称断面やパイプ状部材など | 条件によるが概ね簡易 |
断面係数(Z) | 応力計算の簡略化 | 梁断面の許容応力度計算など | IからZ算出は簡易 |
Q&A
Q1: なぜ断面二次モーメントが重要なのですか?
A1: 断面二次モーメントは部材の曲げ剛性を左右し、荷重を受けたときのたわみや応力分布を決定します。適切なI値を把握することで、構造の安全性・経済性・耐久性を向上できます。
Q2: 中立軸はどのように求めますか?
A2: 中立軸は断面の重心軸で、対称断面の場合は幾何的中心に一致します。非対称断面では重心計算が必要で、Iを正しく求めるには中立軸位置の正確な把握が重要です。
Q3: Iを求める際に近似式で十分ですか?
A3: 標準断面では確立された公式があり、十分な精度が得られます。複雑な断面や特殊な形状では、有限要素解析などの詳細手法を用いることで、より正確なI値が求められます。
まとめ
本記事では、建築における断面二次モーメント(I)の基本概念、代表的な断面形状での導出、そして関連特性(ねじり定数)との比較を通じて、その重要性と計算の実際を明らかにしました。
Iは部材の曲げ剛性の鍵となる特性であり、断面形状や寸法計画を最適化することで、強度と経済性のバランスを実現するための中核的な指標です。
設計段階でIの正確な評価を行うことは、より信頼性の高い構造設計へとつながります。