剛度増大率とは、設計時に構造部材の実際の挙動を考慮して、弾性解析モデルの剛性を上方補正するための係数のことです。
建築物には床スラブや耐力壁、非構造部材、仕上げ材、接合部の半剛性などが存在し、それらが架構の変形を抑制する要素として働きます。しかし、通常の弾性解析ではこれらの効果は反映されにくく、剛度増大率を使うことでモデルの精度を高めることが可能です。
剛度増大率が必要な理由
建築物の耐震設計や変形性能評価において、架構のたわみや層間変形角は極めて重要な指標です。
構造体に作用する地震力や風荷重に対して、部材がどの程度変形するのかを適切に評価する必要があります。実際の建物では、柱・梁以外の要素も変形抑制に寄与するため、設計時のモデルでそれらを無視すると過剰な安全率になり、コストや工期にも影響します。
剛度増大率を活用することで、非構造要素の剛性寄与や接合部の半剛性効果を加味した設計が可能になり、合理的かつ信頼性の高い構造解析が行えます。
S造・RC造における活用例
鉄骨造(S造)の場合
鉄骨梁の上にコンクリートスラブが載っており、スタッドなどで連結されている合成梁構造では、スラブの剛性を含めて梁剛性を評価します。片側スラブ付きで1.2〜1.4倍、両側付きで1.4〜1.6倍程度の剛度増大率が用いられることが一般的です。
ただし、スタッドが施工されていない場合や、連結強度が十分でない場合は、スラブと鋼梁が一体化しておらず、剛度増大効果は見込めません。その場合、剛度増大率は1.0(増大なし)とします。
鉄筋コンクリート造(RC造)の場合
RC梁では、スラブの協力幅によって梁剛性が増します。片側スラブ付きで約1.5倍、両側スラブ付きで約2.0倍の剛度増大率が目安とされます。ただし、梁のスパンやせい、スラブの厚さや配置によって実際の剛性寄与は変わるため、協力幅の算定や断面二次モーメントの再評価が必要になることもあります。
また、柱にコンクリートの増打ちを行った場合や、地中梁が柱に連続している場合にも剛性が増加します。こうした場合も剛度増大率を算定して解析モデルに反映させることで、より現実に近い挙動評価が可能になります。
剛度増大率の設定方法
剛度増大率を設定するには、まず剛性に寄与する要素を明確にし、それが構造部材にどの程度の影響を与えるかを評価します。
S造の場合、スタッドの有無、数量、配置を確認し、合成効果の有無を判断します。RC造の場合は、協力幅の算定や、梁断面の変化に応じた断面二次モーメントの見直しが必要です。
計算ソフトの多くには、剛度増大率を直接設定できる項目があり、スラブ有無や接合条件に基づいて自動的に剛性を算出する機能も備わっています。設計書や出力資料に設定理由を明記し、必要に応じて比較検討することが望ましいでしょう。
剛度増大率の注意点
剛度増大率をむやみに大きく設定すると、モデル上の剛性が過大になり、実際の変形量を過小評価する恐れがあります。これは、耐震性能評価や部材応力の分配に悪影響を及ぼす可能性があり、安全側であるとは限りません。
特に、接合部が剛結か半剛か、床スラブが本当に一体化されているかなど、施工条件に大きく依存する要素については慎重に検討する必要があります。また、剛度増大率を用いた場合は、原則として「増大率なし」との比較を行い、解析結果の妥当性を確認することが推奨されます。
S造とRC造の剛度増大率の比較
項目 | S造(鉄骨造) | RC造(鉄筋コンクリート造) |
---|---|---|
主な増大要因 | コンクリートスラブ(スタッド連結) | 協力幅を持つ床スラブ、増打ちコンクリート |
一般的な増大率目安 | 片側:1.2〜1.4倍、両側:1.4〜1.6倍 | 片側:1.5倍、両側:2.0倍 |
注意点 | スタッド未施工なら増大効果なし | 梁のサイズやスラブ配置で調整が必要 |
Q&A:よくある質問
Q1:剛度増大率はすべての構造に必要ですか?
A:いいえ。剛度増大率は、設計上必要と判断されるときに使います。単純な構造や影響が軽微な場合は、使用しない選択もあります。
Q2:スタッドがない場合でもスラブの剛性は使えますか?
A:スタッドなどの連結材がなければ、スラブと梁は合成されないため、剛度増大率は設定しません。
Q3:設定した剛度増大率が妥当かどうかはどう判断すればいい?
A:設計指針や類似事例、協力幅の計算などを参考にします。また、増大率あり・なしの比較解析が有効です。
Q4:剛度増大率を使うとコストが下がるのですか?
A:合理的な設計が可能になるため、過剰設計を避けられ、結果的にコスト低減につながることもあります。