建築物を安全かつ長期にわたり利用するためには、使われる材料や部材の特性をしっかりと把握しなければなりません。
そのために行われるのが、各種の試験です。試験にはいくつかの分類方法がありますが、大きく分けると「物理試験」「力学試験」「化学試験」の3つが代表的です。
それぞれが評価する観点や測定手法、得られる情報が異なります。
今回は、これら3つの試験の違いを建築的視点で解説します。
物理試験とは
物理試験とは、材料の外観や密度、色、光の透過率、熱伝導率、硬度などといった物理的性質を評価する試験です。
建築物の設計や施工で重要となる材料の外形や内部構造を知るために行われます。
- 主な目的
- 外観や寸法の測定
タイルやブロックなどの仕上材を使用する際に、寸法の安定性や外観品質をチェックします。 - 熱特性の測定
断熱材や外壁材の熱伝導率を測定し、室内環境の快適さや省エネ性能を検討します。 - 吸水率や含水率の測定
コンクリートや木材などの劣化を予測するうえで重要なデータとなります。吸水しやすい材料ほど、ひび割れや腐食が進みやすい可能性があります。
- 外観や寸法の測定
- 代表的な試験例
- 吸水率試験
煉瓦やブロックなどを水中に浸して重量増加を確認することで、水をどの程度吸収するかを測定。 - 密度試験
コンクリートやモルタルの密度(単位体積質量)を量り、所定の品質を満たしているかを判断。 - 熱伝導率試験
断熱材や外壁材に関して、どの程度の熱を通しやすいかを測定する試験。
- 吸水率試験
力学試験とは
力学試験は、材料や部材が荷重や力を受けたときにどのように変形し、または破壊に至るかを調べる試験です。
建物の安全性や耐久性を評価するうえで最も重要な試験の一つと言えます。
- 主な目的
- 強度評価
コンクリートや鋼材、木材などがどの程度の荷重まで耐えられるかを評価します。 - 変形特性の把握
部材が引張・圧縮・曲げなどの力を受けた際、どのようにたわみ、どの程度変形するかを調べます。 - 疲労やクリープの検証
長期間にわたる繰返し荷重(疲労)や持続荷重(クリープ)に対して材料がどう反応するかをチェックします。
- 強度評価
- 代表的な試験例
- 圧縮強度試験
コンクリートやレンガ、ブロックなどを圧縮方向に加力し、破断に至るまでの最大荷重から強度を求める。 - 引張強度試験
鋼材や木材を引張方向に引っ張って破断させ、破断荷重から強度を算出する。 - 曲げ強度試験
梁や板状の部材に曲げモーメントを与え、破断や塑性変形が生じる時点の荷重を測定する。
- 圧縮強度試験
化学試験とは
化学試験は、材料の化学組成や腐食特性、耐薬品性、pHの測定など、材料が化学的にどのような性質を持っているかを調べる試験です。
特に、コンクリート中の塩分濃度やpH測定は、鉄筋腐食やアルカリ骨材反応のリスクを知るうえで欠かせません。
- 主な目的
- 劣化因子の検知
鉄筋コンクリートの中性化や塩害による鉄筋腐食を防ぐため、コンクリートのpHや塩分濃度を測定。 - 材料組成の分析
仕上材や接着剤などの化学成分を分析し、期待どおりの性能を発揮するかを確認。 - 耐薬品性の評価
環境条件の厳しい工場や化学プラントで使用する材料が、薬品に対して十分な耐性を持っているかをチェック。
- 劣化因子の検知
- 代表的な試験例
- コンクリートの中性化試験
コンクリート表面を切断し、フェノールフタレインなどの指示薬でpHを可視化し、中性化の深さを把握。 - 塩分量測定試験
コンクリートを粉砕し、溶液中でイオン分析を行うことで、塩化物イオン量を定量化。 - 化学組成分析
赤外分光法(IR)やエックス線回折(XRD)などを用いて有機・無機成分を特定し、材料の合否や耐久性を予測。
- コンクリートの中性化試験
物理試験・力学試験・化学試験の比較表
区分 | 物理試験 | 力学試験 | 化学試験 |
---|---|---|---|
評価項目 | 外形・寸法、密度、色、硬度、熱特性、吸水率など | 強度(圧縮・引張・曲げなど)、弾性係数、変形特性、疲労特性など | 化学組成、腐食特性、耐薬品性、pH、塩分量など |
主な狙い | 外観品質や熱性能、吸水性などの基礎物性を把握 | 建物が荷重を受けた際の安全性・耐久性を評価 | 材料の耐久性・腐食リスク・劣化因子の検出 |
主な検体 | タイル、ブロック、断熱材、ガラス、金属板など | コンクリート供試体、鋼材、木材、複合材の試験片など | コンクリートの粉砕試料、塗膜・接着剤、金属表面など |
試験結果の利用 | 仕上げ材の選定、断熱設計、外観品質管理 | 基礎・柱・梁の断面設計、構造安全性判断 | 塩害対策、中性化対策、化学的安定性の確保 |
重要性 | 快適性・外観・機能性を左右 | 構造安全の要 | 長期耐久性を左右 |
建築における3つの試験を活用する流れ
- 計画段階
設計者や施工者は材料選定に際して、まず物理試験や化学試験のデータを参考に素材の特性や適性を評価します。耐久性を重視する場合には、塩分量や中性化のリスクなども検討します。 - 施工段階
コンクリート配合計画などで強度を想定する場合、力学試験を通じて実際の強度をチェックします。現場打ちコンクリートでは圧縮強度試験が定期的に行われ、設計強度を満たしているか確認します。 - 維持管理・補修
既存構造物の劣化診断には、物理試験でひび割れや表面品質を調べ、力学試験(コア抜き)や化学試験(塩分量や中性化深さ)で内部状態を把握します。必要に応じて補修工法を選定します。
Q&A
Q1: 物理試験と力学試験は何が大きく違うのですか?
A1: 物理試験は外観や密度、熱特性など、荷重に直接関係しない物性を評価します。力学試験は材料が荷重を受ける際の強度や変形などを調べる試験です。
Q2: 力学試験はコンクリートだけで行うのですか?
A2: いいえ。鋼材、木材、複合材など多様な材料を対象に行います。梁や柱のモデル試験、接合部のせん断試験など、構造部材全般で実施されます。
Q3: 化学試験はどんな建物に必要ですか?
A3: 海岸地域や積雪寒冷地など、塩害や凍害が想定される場所で特に重要です。化学プラントや下水処理施設など、薬品にさらされる環境でも必要性が高いです。
Q4: 物理試験で得られた熱伝導率は建物の断熱性能そのものを示すのですか?
A4: 材料単体の熱伝導率は断熱性能を示す一因ですが、実際の建物では結露や熱橋、施工精度なども影響するため総合的な検討が必要です。
Q5: 試験はいつどこで行うべきでしょうか?
A5: 新設時は設計段階と施工中、完成後の初期段階で実施し、長期使用する場合は定期点検と合わせて行うのが望ましいです。実験室での試験と現場における非破壊試験を組み合わせる場合も多いです。
まとめ
建築における物理試験・力学試験・化学試験は、それぞれ異なる視点から材料や部材を評価し、建物の安全性や耐久性、快適性を総合的に支える大切な手段です。
物理試験では主に外観や熱特性などの物性を、力学試験では荷重に対する耐力や変形特性を、そして化学試験では腐食や劣化因子に対する耐性を把握します。
それぞれの試験結果を相互補完的に利用することで、最適な材料選定や構造設計、メンテナンス計画が可能になります。
変化し続ける環境条件や社会的要請に応じ、これらの試験の重要性は今後も増していくでしょう。