公称応力(Nominal Stress)とは、材料や部材の荷重を初期断面積で割ったものを指します。
引張試験や構造設計でしばしば用いられ、弾性範囲の荷重—変形挙動を評価するうえで取り扱いが簡便であることから、基準値や設計強度算定に活用されるケースが多いです。
実際の部材断面は荷重や変形により面積が変動する場合がありますが、公称応力ではその断面の変化を考慮せず、あくまでも「最初の断面積」を用いて応力を計算するのが特徴です。
塑性域に入って部材断面が収縮すると、実際の断面積は小さくなるため、真応力(True Stress)の値は公称応力よりも大きくなりがちです。
一方で、公称応力は構造設計における基本的なパラメータとして長年使われてきた歴史があり、特に線形領域や初期弾性域の設計では多くのコード・規格が公称応力を基準にしています。構造物の設計や解析では、被検体や部材の変形量、破断挙動をどれだけ重視するかで、公称応力を使うか、または真応力を使うかが変わります。
公称応力と真応力との違い
- 定義
- 公称応力:σn=P/A0σn=P/A0
(P:荷重、A0:初期断面積) - 真応力:σtrue=P/Aσtrue=P/A
(A:変形時点の断面積)
- 公称応力:σn=P/A0σn=P/A0
- 変形が大きい場合の評価
- 公称応力は初期断面積を一定とみなすため、大きな塑性変形時に実際より小さめの応力を示します。
- 真応力は断面積変化を考慮するので、より正確な応力状態を把握でき、破断近傍では真応力が公称応力を大きく上回る傾向になります。
- 使用場面
- 公称応力:設計基準、弾性領域解析、応力—ひずみ図での降伏点や引張強度評価。
- 真応力:大変形・塑性解析、金属成形・破断挙動の把握、非線形FEM解析など。
公称応力と真応力の比較表
項目 | 公称応力 (Nominal Stress) | 真応力 (True Stress) |
---|---|---|
定義 | 荷重 / 初期断面積 | 荷重 / 現在の断面積 |
変形が大きいとき | 実際より小さくなりやすい | 現実の応力状態に忠実 |
主な用途 | 線形領域・初期設計強度評価 | 大変形解析・破断特性評価 |
破断応力表現 | やや低めの値に出る | 高い応力値を示す |
公称応力が重要な理由
- 設計基準との親和性
多くの設計コードや規格が、引張強度や降伏強度を公称応力として定義しているため、実務での線形解析では公称応力が基準となります。 - 扱いやすい計算
断面積の変化を考慮しなくてよいため、弾性範囲の負荷であれば一度の断面積計算で済むなど、単純化された設計手法を実現します。 - 引張試験報告
通常の引張試験では、工程途中に断面積を逐次測定するのは難しく、工学的応力—工学的ひずみ曲線(すなわち公称応力—公称ひずみ曲線)として試験結果をまとめるのが一般的です。
留意点
- 塑性域の誤差
- 公称応力は変形が大きくなると実際の応力より小さく算出され、破断近傍や大きな塑性変形を伴う場合には過小評価になるリスクがあります。
- 破断応力比較
- 破断時の公称応力と真応力の差が大きい場合、材料の延性を正確に評価できない可能性があるため、大変形解析では真応力の採用が推奨されます。
- 設計段階での使い分け
- 弾性設計には公称応力で十分な一方、塑性設計や成形加工解析は真応力が求められる場面があるため、目的に合わせた使い分けが肝心です。
メリットとデメリット
メリット
- 設計規範や工学習慣に合った応力評価ができる
- 弾性域・初期評価において単純化でき、計算しやすい
- 従来の引張試験データが公称応力—ひずみ曲線で整備されている
デメリット
- 断面縮小を考慮しないため、大きな変形領域での挙動が正確に捉えられない
- 破断応力や延性評価に誤差が生じやすい
- プラスチック域の評価に用いると安全性評価を誤るリスク
施工・設計上のポイント
- 構造の弾性範囲
- 多くの建築・土木構造では、使用上は弾性範囲内で荷重がかかることを想定しています。その範囲であれば公称応力は単純かつ妥当な指標です。
- 終局強度解析
- ピロティや長スパン梁、限界耐力を見込む設計では、塑性域に踏み込んだ解析が不可欠。その際は真応力などの非線形評価が補完的に必要です。
- 材料試験結果の読み方
- 破断強度や降伏点を公称応力で把握することが一般的だが、大変形過程を評価したいなら真応力の曲線と比較するなど手間をかける必要があります。
メンテナンスと寿命
公称応力を前提に設計された構造は、弾性域内での使用を想定していることが多いです。
運用で過度な荷重がかからないよう管理し、点検で亀裂や塑性変形の兆候が無いか確認することが長寿命化に繋がります。もし塑性域に達するような災害荷重がかかった場合は、残留変形や応力履歴を再評価し、補強・修理を検討するのが望ましいです。
環境とサステナビリティ
公称応力に基づく従来設計は安全側に設計されるケースが多く、時に過剰設計となり得ます。
過剰設計は材料浪費に繋がるため、近年は性能設計や非線形設計で材料を最適利用し、持続可能な建築を目指す流れが強まっています。公称応力はシンプルかつ慣用的ですが、必要に応じて真応力・弾塑性解析を併用することで資源有効活用に寄与します。
今後の展望
デジタルツールやFEMの普及で、非線形解析が手軽になり、真応力を扱う設計が増えています。しかし、設計コードや実務習慣では公称応力が依然主流です。
今後は両方のメリットを活かし、弾性範囲を公称応力で簡潔に評価しつつ、大変形領域・破断近傍は真応力も並行して検討するハイブリッドな設計手法がさらに発展すると期待されます。AIが自動的に判断し、設計者の手間を減らすシステムも考えられるでしょう。
Q&A
Q: 公称応力と真応力は併用できますか?
A: はい。設計の初期検討は公称応力で行い、塑性設計や大変形評価段階で真応力を用いるのが一般的です。
Q: 工学的応力—ひずみ曲線はどの範囲まで有効ですか?
A: 弾性域および降伏点付近まで有用ですが、降伏後の大きな塑性変形領域では真応力—真ひずみ曲線で評価するほうが正確です。
Q: 破断近傍の公称応力は実際より低いというのはなぜですか?
A: 変形が大きいと断面が縮小し、実際の応力は高くなるのに、初期断面積を使った公称応力だと小さい値のままだからです。
Q: 日本の設計コードは公称応力、真応力どちらを採用していますか?
A: 大半は公称応力(工学的応力)を基本としています。一部、塑性設計や限界状態設計では真応力的アプローチが補足的に活用されます。
まとめ
公称応力は、荷重を最初の断面積で割った値で、引張試験・弾性設計などで長く使われてきた基本的な概念です。
大きな変形領域では実際の応力より低い値を示すため、破断近傍や塑性域評価には真応力が適しています。
用途や解析段階によって公称応力と真応力を正しく使い分けることで、安全設計・経済設計の両立を図れます。今後も設計コードで公称応力が主流である一方、非線形解析技術が普及し、真応力評価が加速していくことが見込まれます。